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民主主義ごっこってなに? 実は国民ごっこなの?

(・∀・)<民主主義ごっこってなに?
(・A・)<民主主義をマネしたお遊びだよ
(・∀・)<そもそも、民主主義ってなに?
(・A・)<民衆(とくに国民)が国家を治めるという考え方だよ
(・∀・)<ボクも国を治めているの?
(・A・)<大人になって政治家に投票すれば、間接的に国を治めたことになる
(・∀・)<それでボクが治めたことになるの? おかしくない?
(・A・)<そう思い込むことが、民主主義ごっこで遊ぶときのルールなんだ
(・∀・)<政治家まかせじゃなく、国民が直接すればいいじゃない
(・A・)<そういう試みもあるよ。けど、国民も専門性に限界があるからね
(・∀・)<でも政治家まかせじゃ、しょせん民主主義ごっこだよ?
(・A・)<だからこそ、政治家にまかせて使いこなす統治する国民が必要なんだ
(・∀・)<政治家にまかせはしても、〝政治家まかせ〟にはしないんだね
(・A・)<国家のことは国民が決める、国民主権だからね
(・∀・)<そっか。主権を放棄した〝国民ごっこ〟じゃダメなんだね

(´・ω・`)<民主主義ごっこってなに?

民主主義をマネしたお遊びだよ。
日本の民主主義も、下手をすれば〝民主主義ごっこ〟になりかねないんだ。

(´・ω・`)<そもそも、民主主義ってなに?

(国王や独裁者ではなく)民衆が国家を治めるという考え方だよ。

(´・ω・`)<どうして国王や独裁者じゃダメなの?

国家の持ち主は、民衆(とくに国民)だからだよ
国王独裁者は、判断ミスをしても国外逃亡で責任を免れることができる。
でも国民だけは、判断ミスをしても国外逃亡できず責任(ツケ)を免れない。
最終的な責任を負う人が判断をする――その理念が、民主主義を支えるんだ。

(´・ω・`)<でも国民の数は多いから、意見をまとめるのは大変だよ

そこで、すべての国民が国を治める直接民主制ではなく、
国民の選ぶ代表者だけが国を治める間接民主制を採用しているんだ。

(´・ω・`)<〝国民の選ぶ代表者〟って、誰のこと?

大人たちが選ぶ政治家だよ。
政治家は国会で法律を作ったり政府を運営したりして、国を治めるんだ。
国民の意思を受けた政治家に、国の統治を託しているんだね。

(´・ω・`)<国民の選ぶ代表が治めるから、国民が治めると見なすってコト?

そう思い込むことが、民主主義ごっこで遊ぶときのルールだよ。

(´・ω・`)<民主主義ごっこの具体例は?

僕たちの民主主義は、
国民が国家を治める本物の民主主義なのか、
国民が国家を治めるかのように演出された民主主義ごっこに過ぎないのか。
それを判断するために、民主主義の原則が守られているかを見てみよう。
■民主主義の原則
公平に決める(1票の格差)
平等に決める(政党制度)
首相を決める(首相公選制)
国民が決める(外国人献金)
選挙で決める(行政への不参加)
信用で決める(公約違反)
対話で決める(強行採決)
自分で決める(世代対立)
投票で決める(復活当選)
得票で決める(死票)
全員で決める(投票率の低さ)
公開で決める(国対政治)
民意で決める(議員定数)
暴力で決めない(市場の攻撃)

公平に決める(1票の格差)


民主主義の原則は、公平に決めるということ。
だから選挙での投票は、一人1票なんだね。
でもその1票って、ホントに同じ1票なのかな?

(´・ω・`)<どういうこと? 1票は1票でしょ?

では質問。
2010年の参議院選挙でのこと。
神奈川では6議席を巡り730万票を奪い合う(1議席あたり約120万票)一方、
鳥取では2議席を巡り50万票を奪い合う(1議席あたり約25万票)ことになった。
(朝日新聞夕刊 2011年1月15日)
もしも立候補するとしたら、どっちの選挙区から出馬したい?

(´・ω・`)<鳥取県の方がハードルが低くてラクそうだね

でもそのぶん、候補者も増えて激戦区になるよ?

(´・ω・`)<じゃあボクが当選したら公共事業補助金プレゼントしてあげる!

けどそれって、(神奈川県民に比べて)鳥取県民がひいきされてない?

(´・ω・`)<仕方ないよ。候補者にとって、鳥取県民の票は重みがあるからね

そう。つまり1票の価値に格差があるんだ。
具体的には、神奈川県民(1議席あたり約120万票)の1票に比べ、
鳥取県民(1議席あたり約25万票)の1票は、およそ5倍の価値がある。
このように1票の価値に格差がある問題を、1票の格差問題と呼ぶよ。

(´・ω・`)<同じ1票でも、鳥取では神奈川の5票ぶんにあたるんだね

一人1票が守れないなら、民主主義とは呼べないよ。

平等に決める(政党制度)


民主主義の原則は、平等に決めるということ。
だから憲法にも、法の下の平等が定められているんだね。
でも選挙って、ホントに平等なのかな?

(´・ω・`)<1票の格差があるから、平等じゃないね

それは投票する側の話だね。
実は立候補する側も、平等とは言い切れないんだ。
というのも、政党所属するしないかで大きく違ってくるからね。

(´・ω・`)<どういうこと?

政党に所属すると有利なことがたくさんある。
企業・団体献金(企業や団体がくれるお金)がもらえるし、
政見放送(テレビで自分の意見を放送する)に出演できるし、
ポスターやビラの枚数、選挙カーの台数増やすこともできる。
(朝日新聞朝刊 2010年5月1日)

そのうえ、投票には2種類あって、
投票用紙に候補者の名前を書いて投票する候補者投票と、
投票用紙に(主に)政党の名前を書いて投票する政党投票があるんだ。
(正しくは選挙区の投票比例区の投票と呼びます)

政党に所属していないと、政党投票(比例区)には参加できないんだよ。

(´・ω・`)<政党はひいきされているね

とくに問題なのが、政党交付金(政党助成金とも呼びます)。
これは、国民一人あたり250円(計320億円)を各政党に分配する仕組みだよ。

(´・ω・`)<え? じゃあボクも250円の一人なの?

そうだよ。
投票権のないこども一人と数えるんだ。
しかも支持していない政党にまで勝手に分配されてしまう。
この点が憲法の定める思想・信条の自由に違反するとして、
日本共産党は政党交付金を受け取っていないんだ。

(´・ω・`)<政党に所属するかしないかで、天と地の差があるね

法の下の平等が守れないのなら、民主主義とは呼べないよ。

首相を決める(首相公選制)


民主主義の原則は、首相を決めるということ。
自分たちのリーダーは、自分たちで決めるんだね。
けど実際は、国民は首相を選べないんだよ。

(´・ω・`)<じゃあ誰が選ぶの?

首相を選ぶのは、国会議員による投票だよ。
すると、国会議員を多く持つ与党のリーダーが選ばれることになる。
与党のリーダーを選ぶのは、与党のメンバー(議員や党員など)だよね。
つまり首相を選ぶことができるのは、事実上与党のメンバーに限られるんだ。

(´・ω・`)<それで国民は納得できるの?

納得できないから、毎年首相が辞めさせられているんだ。
国民は首相を選ぶことはできなくても辞めさせてはきたんだね。
そんななか、国民が首相を選べる首相公選制を望む声もあるんだよ。

首相を引きずりおろすだけが国民の役目なら、民主主義とは呼べないよ。

国民が決める(外国人献金)


民主主義の原則は、国民が決めるということ。
だから外国人には投票政治家への献金認められていないんだね。
けど外国人からお金をもらう政治家(しかも総理)後を絶たないんだ
さらに与党の民主党では、党の代表を選ぶ際に外国人も投票できるんだよ

(´・ω・`)<え!? 〝与党の代表〟といえば総理でしょ?

国民は総理を選べないけど、民主党員なら外国人でも総理を選べるんだね。

(´・ω・`)<どうして外国人でもOKなの?

外国人の支援者が、民主党の選挙活動を手伝ってきてくれたからだよ
外国人のおかげで当選できたなら、今さら外国人はダメとは言いにくいよね。

(´・ω・`)<でも、それじゃ国民主権とはいえないよ?

そこで民主党は、外国人が代表選で投票できないようにする見込みだよ
ただ一方で、今後も外国人はサポーターとして民主党を支援できるんだ。
(朝日新聞朝刊 2011年12月14日)

(´・ω・`)<投票権はとりあげるけど、支援はしてもらうんだね

それほど、外国人の支援をアテにしているんだね。

けど政治家が国民の方を向いていないとしたら、民主主義とは呼べないよ。

選挙で決める(行政への不参加)


民主主義の原則は、選挙で決めるということ。
だから国民は、選挙で議員裁判官(の一部)投票できるんだね。
つまり、国の仕事のうち立法(議員)司法(裁判官)に参加できるんだ。

(´・ω・`)<あれ? なにかが足りないね?

国の仕事は、おもに立法司法、それに行政の3つ。
立法には、投票立候補などの形で参加できる。
司法には、投票裁判員制度などの形で参加できる。
けど行政には、せいぜいパブリックコメントを出す程度しか参加できないんだ。
(パブリックコメント=行政が市民から募った意見)

(´・ω・`)<しかも、パブリックコメントは捨て置かれているもんね

国民が参加できないなら、民主主義とは呼べないよ。

信用で決める(公約違反)


民主主義の原則は、信用で決めるということ。
ところが国民が信用した政治家は、公約違反だまし討ちを繰り返すばかり。

  【関連記事】政治家の限界ってなに? 政治家はカンペキでしょ?

(´・ω・`)<公約した以上、絶対に守らないとね

そうとも言い切れないよ。
すべての国民が、すべての公約を、いつまでも支持するとは限らないからね。
けど約束を破る前に、まず国民を納得させるのが先。
国民の納得を得ずだまし討ち開き直るなら、民主主義とは呼べないよ。

対話で決める(強行採決)


民主主義の原則は、対話で決めるということ。
けど実際は、強行採決が横行してきた。
(強行採決=多数派が議論を打ち切り、強引に多数決で決めようとすること)

  【関連記事】【まとめ】ニュースでおさらい!民主党政権のこれまで

(´・ω・`)<でも多数決なら公平でしょ?

本当に〝多数決なら公平〟なのかな?
たとえば多数決で自分がイケニエに選ばれたとしても、公平だから問題ない?

(´・ω・`)<「イケニエ」なんて、現代社会であり得ないよ

けど日本は沖縄米軍基地の負担を押しつけて、日米同盟を維持している
原子力発電所で生じた核のゴミだって、各地で押しつけ合っている。
こうしたイケニエ選びですら、多数決によって正当化されてしまうんだ

(´・ω・`)<でも民主主義って〝多数決で決める〟ってコトでしょ?

違うよ。
むしろ多数決は、結論を出すために民主主義制限する手段にあたる。
つまり、多数決対話を尽くした後の最終手段なんだ。

対話がなければ考えを改めるヒマもなく、多数決は直感勝負のバクチになる。
それに多数決しか頭にないなら、議論より買収の方が手っ取り早くなってしまう。

お金で決まる」ことになれば、民主主義とは呼べないよ。

自分で決める(世代対立)


民主主義の原則は、自分で決めるということ。
自分で決めるからこそ、その責任を自分でとることに納得できるんだね。
けど実際は、自分で決められるとは限らないんだ。

(´・ω・`)<どういうこと?

理由は少子高齢化だよ。
若者よりお年寄りの数が多いから、政治家はお年寄りを政策でひいきする。
すると若者は政治に愛想を尽かし、投票しないからますますお年寄りが有利。
――そんな悪循環で、若者が民主主義から締め出されかねないんだ。

(´・ω・`)<よく考えたら、ボクなんて投票すらできないよ

それも大問題だね。
投票権のない子どもたちは、消費税の増税議論にも参加できない。
大人たち消費を満喫し借金を増やし消費税率を引き上げてこの世を去る。
残された子は、これからの長い人生を借金重税で苦しみながら生きていく。
大人が作った借金重税バラマキ行政を、問答無用で押しつけられるんだ。

自ら決められず、ツケだけ払わされるなら、民主主義とは呼べないよ。

投票で決める(復活当選)


民主主義の原則は、投票で決めるということ。
当選落選も、国民が投票で決めることができるんだね。
けど実際は、国民がNoをつきつけても当選してしまうことがあるんだよ。

(´・ω・`)<え!? どんな裏技なの?

実は投票には2種類あったよね。
投票用紙に候補者の名前を書いて投票する候補者投票と、
投票用紙に(主に)政党の名前を書いて投票する政党投票だよ。
(正しくは選挙区の投票比例区の投票と呼びます)

政党投票では、政党が当選する議員を選べるんだ。
たくさんの票を獲得するほど、たくさんの議員を選べるんだよ。

すると、
候補者投票Noをつきつけられた候補者が、
政党投票復活して当選することもありえるよね。

(´・ω・`)<それじゃ、Noをつきつけた国民の意思はどうなるの?

投票の結果が尊重されないなら、民主主義とは呼べないよね。

得票で決める(死票)


民主主義の原則は、得票で決めるということ。
だから獲得した票に応じて、国会議員の数(議席)が決まるんだね。
けど実際は、獲得した票議席にはギャップがあるんだ。

(´・ω・`)<どういうこと?

例えば民主党が政権交代を果たした2009年の衆院選でのこと。
民主党は議席全体の7割を獲得したんだけど、
獲得した票数は投票数全体の4割台に過ぎなかったんだ。

さらに2005年の衆院選も見てみよう。
自民党は議席全体の7割を獲得したんだけど、
獲得した票数は投票数全体の4割台に過ぎなかったんだ。
(しんぶん赤旗 2011年10月19日)(総務省選挙関連資料

(´・ω・`)<どうしてそうなったの?

原因は小選挙区制だよ。
小選挙区制とは、全国を小さな地域(小選挙区)に分ける選挙の方法。
地域ごとに、一人の議員を選ぶんだ。
ということは、2位以下の候補に投じられた票捨てられるってコト。

(´・ω・`)<2位以下の票は捨てちゃうの!?

そう。
だから常に2位の政党は、どんなに票を稼いでも議席を持てないんだね。
この捨てられる票〝死票(しひょう)〟と呼ぶよ。
1996年以降の衆院選では毎回およそ半数死票として捨てられているんだ。
(しんぶん赤旗 2011年11月1日)

(´・ω・`)<そのぶん、1位の政党が有利だよね?

だから1位の政党は、得票率は4割台でも議席は7割になるんだね。

(´・ω・`)<じゃあ、票を捨てなかったらどうなるの?

次のようになるよ。
■もしも死票がなかったら
<2005年衆院選>
     (実際の議席数)→(すべての獲得票を反映した場合の議席数)
自民党:(296)→(183)(本来の議席はこれだけ)
民主党:(113)→(149)
公明党:(31)→(64)
共産党:(9)→(35)
社民党:(7)→(26)
国民新党:(4)→(8)

<2009年衆院選>
     (実際の議席数)→(すべての獲得票を反映した場合の議席数)
自民党:(119)→(128)
民主党:(308)→(204)(本来の議席はこれだけ)
公明党:(21)→(55)
共産党:(9)→(34)
社民党:(7)→(21)
みんなの党:(5)→(21)
国民新党:(3)→(8)
                          (しんぶん赤旗 2011年10月19日)

(´・ω・`)<票を捨てることで、トップになった政党はかなり甘やかされてる

投票しても捨てられちゃうなら、民主主義とは呼べないよ。

全員で決める(投票率の低さ)


民主主義の原則は、全員で決めるということ。
全員で決めるからこそ、痛みや負担を納得して分かち合えるんだね。
けど実際は、投票率は7割未満を推移しているよ

(´・ω・`)<みんな、民主主義ごっこには付き合っていられないってコト?

だとしても問題があるよ。それは、無投票で困るのは僕たち国民自身ってコト。
投票を棄権したところで選挙は成立するし、政治家も当選し続ける。
でもその政治家が決めた増税社会保障の削減からは、誰も逃れられない。
「投票しなければ、誰かがなんとかしてくれる」というわけではないんだ。

(´・ω・`)<でも投票したくなる候補がいないんじゃない?

そうかもしれない。
民主主義ごっこが目に余れば投票に行く人がいなくなるのも当然だよね。
けど、それでも選挙は成立してしまうんだ。

投票がなくても成り立つなら、民主主義とは呼べないよ。

公開で決める(国対政治)


民主主義の原則は、公開で決めるということ。
だから国会では、誰もが見学できるようになっているんだね。
けど実際は、事前に与野党が非公式の非公開会議で結論を出しているんだ。
この〝非公式の非公開会議〟国会対策委員会と呼ぶよ。

(´・ω・`)<え!? じゃあ国会での議論は八百長ってコト?

すべての議論が国会対策委員会(国対)で済まされるわけじゃないよ。
ただ与野党の繊細な駆け引きなどは、密室で行われることもあるんだ。
たとえば、1回の会議につき500万円与党が配っていたこともあるそうだよ。
(朝日新聞朝刊 2012年1月23日)

けど密室の取引で決まるなら、民主主義とは呼べないよ。

民意で決める(議員定数)


民主主義の原則は、民意で決めるということ。
だから国会議員の数は、国民の数に見合う人数が必要なんだね。

(´・ω・`)<なんで?

だって国会議員が一人だけだと、国民のいろんな意見を反映できないでしょ。

(´・ω・`)<それもそうだね。独占はダメだよ

けど実際は、日本の国会議員の数は(国民の数に比べ)少ないといわれるよ。
■G8各国の国会議員一人当たりの人口
       :議員一人あたりの人口(人口÷議席
米国(州) :44,000(31000万人÷7075議席←州の議会の議員は多い
イギリス  :58,000(6100万人÷1050議席←6万人に一人もいる!
イタリア  :66,000(6000万人÷905議席
フランス  :67,000(6000万人÷898議席
カナダ   :81,000(3300万人÷405議席
ドイツ    :109,000(8200万人÷755議席
日本    :175,000(12800万人÷732議席←18万人に一人だけ!
ロシア   :223,000(14000万人÷628議席
米国(連邦):579,000(31000万人÷535議席←連邦議会の議員は少ない

(出典:「米国州議会の定数と報酬」さんより
(出典:「日本への提言」さんより

(´・ω・`)<米国は連邦議会の議員が少ないんだね

米国の場合は、ひとつひとつの州が国家だからね。
というのも、それぞれの憲法議会政府最高裁判所も持つんだ。
日本の都道府県の場合、法律を作ったり最高裁判所を持ったりはできないよ。
日本の都道府県と、米国の州は、まったく別モノなんだ。

(´・ω・`)<そう考えると、日本は下から2番目だね

少数の国会議員が権力を独占するなら、民主主義とは呼べないよ。

暴力で決めない(市場の攻撃)


民主主義の原則は、暴力で決めないこと。
暴力に頼らないからこそ、公正で冷静な判断ができるんだね。
けど実際は、市場が空売りなどの攻撃で国家を破綻に追い込む。
焦った国は、国民を犠牲にしてでも市場の機嫌を取ろうとしてしまうんだ。

(´・ω・`)<〝市場の機嫌を取る〟って?

国家の家計を切り詰めてきちんと借金を返済できるとアピールするんだ。
国民の生活は苦しくなるけど、そんなの市場は知ったこっちゃない。
借金の返済が確約されるまで市場は国家を攻撃し続けるんだ。

市場が国民に優先するなら、民主主義とは呼べないよ。

(´・ω・`)<民主主義ごっこって、意外に多いね

それも仕方ないかもね。
直接民主制(国民が国を治める)でなく、
間接民主制(国民の代表が国を治める)である以上、
国民の意思を正確に反映する純粋な民主主義難しいんだよ。

(´・ω・`)<なら、直接民主制にすればいいの?

それもひとつのアイデアだね。
ネットを使い議題を絞れば国民投票を活用する政治もありうる。
でも限度がある。すべてを国民投票で決められるほど国民は専門家じゃない
それに、どうやっても解決できない民主主義の限界もあるよ。

(´・ω・`)<民主主義の限界って?

民主主義の限界とは、生まれていない子は投票に参加できないということ。
彼らは、問答無用で借金重税バラマキ行政押しつけられかねないんだ。
僕らが民主主義の限界を意識しない限り民主主義ごっこはなくならないよ。

(´・ω・`)<民主主義ごっこはなくせるの?

思い出して。民主主義では、国民が国家を治めるんだったね。
でも国民は、
政治家や官僚を使いこなして監視する〝統治する国民〟にもなれるし、
政治家や官僚に任せきりで良しとする〝名ばかり国民〟にもなれる。
民主主義ごっこをなくすことは、国民ごっこをなくすことかもしれないね。
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